46歳なんだけど、人生考え直してみた

46歳から人生を見つめ直して考え行動していくブログです。

「たこ焼き工房 みやび」を開店する 1 

こんにちは(*^_^*)第10回目になります。よろしくお願いします。

今回は「たこやき工房 みやび」について書いていこうと思います。

これは2年前に妻と私で自宅前に開店した「たこ焼き屋」の屋号名です。

なぜ「たこ焼き屋」を始めようとしたかと言うと、当時妻は時間給でのパート勤務で家計の一部を支えていたが、やはり家計を支える為だけにやりたくもない職種を我慢して続けて行くには限界があった。どうしても社員との軋轢がある。

今より良いやり方で仕事を改善しようとしても「この会社のやり方と違う」と跳ね返されることも少なくない。

女性でパート勤務という立場上どんなに努力しても評価されることは少ないし、たとえ評価されたとしても、時間給で10円か20円上がる程度である。

このような現在の世の中の仕組みを理解して女性で公務員を選択した方は賢明な選択をしたと言えると思う。

小学校のPTAの会合に出席した時、女性教師に「なぜこの職に就いたか?」を聞いた事があるが、答えは「一人でも生きていける」との回答であった。

もちろん「子供が好き」とか、「教育にやりがいがある」とか、「先生への尊敬を込めた憧れ」などもあると思うが、やはり自分の生活が成り立たない事には元も子もないので、この答えは正直で賢明なものであると思う。

女性は出産、育児などで一旦仕事から離れなくてはならない。そこから前の経験を活かした仕事に就くのは難しい世の中にになっているので、どうしても単純作業などのパート勤務で生活費の一端を担う事になってしまう。

やはり今の社会は女性にとってハンデがあると言えると思う。

 そんな環境の中、妻にも何か充実した人生を送れるやりがいのある仕事がないものかと考えたのが「たこやき工房 みやび」の始まりである。

たこ焼なら知名度があるし、誰でも手軽に買える。それに自分の頑張り次第で収入も増えるのでやりがいもある。

当時妻のパートでの収入は午前中のみの勤務であった為、月に約8万円程であった。

それならたこ焼きひとつ300円で売るとして半分利益なら150円の利益になり、1日30個売れば4500円の儲けになる、20日稼働すれば4500円×20日で9万円となり、パートの収入と変わらないと単純に考えたのである。

妻に「たこ焼き屋をやらないか」と提案をしたら反対されるかと思ったが、彼女はすんなり合意してくれた。意外であった。

そこから「たこ焼き研究」の始まりである。

まずは「食べ歩き」の旅が週末の恒例行事になり、関西の有名店、チェーン店、道中で見つけた無名のたこ焼き店の ”たこやき” を食べまくりました。

私が現在配送業というのが幸いして、いろんな土地のけっこうマニアックで成功しているたこ焼き屋を見つける事ができた。

そして今、たこ焼きの主流になっているのが、「カリとろ」、「ふわとろ」のたこ焼きであることがわかった。

「カリとろ」とは外側がカリッとして中がトロっとしているものであり、焼き上がりに油を注いで表面を揚げ物のようにカリッと仕上げて、中をとろっとし食感を良くしている。「銀だこ」が有名である。

「ふわとろ」とは言葉どうり外がやわらかくふわっとしていて、中がとろっとしている。

「たこ焼き道楽わなか」、「たこやきやまちゃん」が有名である。

そしてたこ焼きを食べながら、店構え、道具、値段、焼き方、メニュー、中に何が入っているかなどもじっくり観察し勉強しました。

そんな中、私たちが選択したのは、「ふわとろ」のたこ焼きになった。

どうしてかと言うと「カリとろたこ焼き」は焼きたてはおいしのだが、油を仕上げに使用しているため、時間がたつと油でベトベトになってしまい、食べた後も腹にもたれてしまうのです。

私たちが40代ということもあり、あっさりしている「ふわとろ」の方が好みでした。

たこ焼のスタイルが決まったところで難波の商人用品の専門通り「道具屋筋」に行き、プロパンガス式たこ焼器、千枚通し、その他関係用品を買った。(全部で3万ぐらいであった)

2年程暇を見つけてはたこ焼き作りに専念したのではないかと思う。

小麦粉の選別に始まり、だしの研究、卵の量から全体のブレンド加減、たこ焼きと簡単に言うが”おいしいたこやき”を作るにはとんでもない苦労があった。

私は若い頃に料理人として働いていたので、少しは知識があり、たこ焼きに入っている材料などは何となくわかるがたこ焼き作りに関してはズブの素人である。

もちろんたこ焼き屋にも働いたこともない。それは妻も同じであることに変わりはない。

妻は今までたこ焼き屋どころか、飲食業、サービス業などもしたことがない本当の素人である。結婚前は企業の事務仕事をしていただけで、特にプライベートで料理が好きとか、上手いと言うことではなかった。

そんな妻だが、驚いた事にどんどんたこ焼き作りにのめり込んでいき、誰のアドバイスも受けずにオリジナルたこ焼き生地を完成させてしまったのである。

2年程の歳月をかけ、私が提案したもののたこ焼きを甘く見過ぎていて、半ばあきらめのムードが漂う中の完成であった。妻の意外な一面を見たような気分がした。

続きは次回にします。

最後まで読んで頂き有難うございました。